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サザンオールスターズ アルバム解説⑯~1997年~1998年 さくら~

サザンオールスターズ
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1997年~1998年リリース曲 「BLUE HEAVEN」、「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜」、他 アルバム「さくら」

1997年8月  01MESSENGER 〜電子狂の詩〜
1997年11月 BLUE HEAVEN

1998年2月  LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜
1998年7月  PARADISE
1998年10月 「さくら」(アルバム)

●「さくら」収録曲
1.「NO-NO-YEAH / GO-GO-YEAH」
2.「YARLEN SHUFFLE 〜子羊達へのレクイエム〜」
3.「マイ フェラ レディ」
4.「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜」
5.「爆笑アイランド」
6.「BLUE HEAVEN」
7.「CRY 哀 CRY」
8.「唐人物語 (ラシャメンのうた)」
9.「湘南SEPTEMBER」
10.「PARADISE」
11.「私の世紀末カルテ」
12.「SAUDADE 〜真冬の蜃気楼〜」
13.「GIMME SOME LOVIN’ 〜生命果てるまで〜」
14.「SEA SIDE WOMAN BLUES」
15.「(The Return of) 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 」
16.「素敵な夢を叶えましょう」

桑田の音楽ルーツ!昭和歌謡曲を披露!

1997年~98年は、ほとんどをアルバム「さくら」の制作に費やされることになります。
「さくら」は約1年半かけて制作されました。
他の活動として、イベント的コンサートも継続的に実施していました。

桑田佳祐は、’97年、リトルフィートのギタリスト、
ローウェル・ジョージのトリビュート・アルバム「ROCK AND ROLL DOCTOR」に、
唯一の日本人ボーカリストとして抜擢され、
「Long Distance Love」をカバーしています。
リトルフィートはかねてからの桑田のフェイバリットバンドでありました。

そして桑田は1997年の「ACT Against AIDS’97」を「歌謡サスペンス劇場」と題して3公演行います。
’70年代以前の昭和歌謡の名曲をカバーするという内容で(自分の曲からは唯一「月」を披露)、
美空ひばり、尾崎紀世彦など30曲を歌い上げました。
このセットリストをみるとピーナッツが3曲上がっていて、桑田はピーナッツからの影響が色濃いことが分かります。

’97年の年越し公演は「おっぱいなんてプー」が横浜アリーナで行われました。
この年から年越し公演は12月27、28、30、31日の4日間公演が定着します。

1998年はサザンデビュー20周年で、20周年イベントが開催されます。
初の展覧会「MOSA」を東京・池袋の西武百貨店で開催します。
サザンの20年の軌跡を衣装、写真、ビデオ、オブジェ、などで振り返るイベントでした。
そして、20周年のライブは、「モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~」を静岡県の浜名湖畔で開催します。
8月8日、9日の2日間で10万人を動員しました。

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「さくら」解説~’90年代のデジタルサウンドに挑んだ大作!~

桑田佳祐は、前作「Yong Love」で一定のセールスの成果を得ます。
過去の制作例からも分かるように、
桑田は売れたアルバムの次作は音楽性の高い実験作を試みます。
つまり「さくら」は音楽性の高い実験的なアルバムとして制作されました。

「さくら」は1年半以上の期間をかけて創られ、
録音総時間は3,000時間に及んだと言われています。
1985年発売の「KAMAKURA」が半年以上1,800時間の録音時間だったので
超大作と言われる「KAMAKURA」の倍近くを費やしたことになります。
今回は2枚組とせず、収録時間を78分27秒とし、12cmCDの最大収録時間である80分に収めた形となっています。

過去の実績を見てみると、桑田のやりたい実験的な作品になると
売れない傾向にあり、今回もそれを踏襲することになってしまいました。
TBS系ドラマの「Sweet Season」の主題歌になった
「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜」は57.2万枚を売り上げましたが、
「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」、「BLUE HEAVEN」、「PARADISE」の売上は20万枚前後でした。
アルバム「さくら」は96.9万枚で、前作の「Yong Love」249.4万枚と比べるとかなりの下降率です。

今回の「さくら」は何が実験的だったかというと
’80年代とは違った新たなコンピューターサウンドに挑戦していることです。
’90年代に入り、桑田は実験的な電子音楽を導入することは少なくなりましたが、
世界では(日本でも)電子音楽は日々進化していました。
ヨーロッパでは、’90年前後に電子音を使った先鋭的なダンスミュージックとして
「テクノ」と呼ばれる音楽ジャンルが一般化し、
アメリカでも同時期に「インダストリアル・ロック」と呼ばれる
電子音を効果的に使用したロックジャンルが確立しています。
’90年代の音楽シーンは、新たに開発された電子音、様々なサンプリングで、
デジタルサウンドを多用した新しい音楽ジャンルが台頭し、表現の幅を広げていました。
桑田は、それを「さくら」で実践することになります。

その実験の評価は、セールスが示す通りの結果に終わりました。
また、「さくら」の長時間録音のことから推測すると
桑田自身も手応えを感じていなかったのでは?と想像します。

「さくら」感想~桑田佳祐に’90年代の絶望感は分からない!~

「さくら」を’80年代のサザンのアルバムに置き換えると
「NUDE MAN」の後の「綺麗」や「人気者で行こう」の位置づけのアルバムと言えます。
売れるために制作されたアルバム「Yong Love」を「NUDE MAN」だとすれば、
その後のアルバムということです。
新しいデジタルサウンドに挑戦しているということで
どちらかと言えば、「綺麗」よりも「人気者で行こう」の性質を持った作品と言えます。

「人気者で行こう」は、’80年代の空気を取り込むことに成功した傑作でした。
桑田は「さくら」で、’90年代のデジタルサウンドを取り込むことによって
’90年代の空気をも取り込もうとしたのだと思います。
しかし、「人気者で行こう」が傑作に成り得たのは桑田の気質がその時代に合っていたからでした。
「さくら」では、一部の曲において、
’90年代後半の日本の絶望的な空気を演出しようしていますが、それは失敗に終わります。
その絶望感を味わったこともない桑田にそれらを表現することは適いませんでした。

このアルバムは、ジャケットと1曲目の①「NO-NO-YEAH / GO-GO-YEAH」が
全体の雰囲気を決定づけています。
今までの、サザンでも桑田でもないダークな雰囲気を持った曲で、インパクトがありました。
この曲は、無機質な電子音のノイズで暗い雰囲気を演出してはいますが、
’90年代の洋楽バンドの劣化コピー版にしか聴こえないのが残念です。
このアルバムは、この①の出来が致命的だったように思います。
⑤「爆笑アイランド」、⑩「PARADISE」、⑮「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」、などの
同じようなコンセプトの曲は①の印象を引きずってしまいます。

このアルバムは、冒頭からの①~③で期待感をなくさせてしまうのが欠点ですが、
それでも大作であることに違いなく、曲の層が厚いことが救いです。
③「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜」、⑨「湘南SEPTEMBER」など
ファンを裏切らない優れたサザン的楽曲があり、
②「YARLEN SHUFFLE 〜子羊達へのレクイエム〜」、⑫「SAUDADE 〜真冬の蜃気楼〜」など
歌謡曲直球路線の曲も久しぶりに復活しました。
⑯「素敵な夢を叶えましょう」もサザンファンの期待に応えた曲。
アルバムの最後を飾る曲として、歴代のサザンの曲と比較しても最高レベルの出来です。

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